婚姻費用の請求方法と相場|夫婦が別居したときの生活費はどうなる?
別居したいけど経済的な理由からなかなか別居に踏み切れない…と考えている方へ。婚姻費用を請求するにはどうすれば良いので…[続きを読む]
このような住宅ローンに関わる問題は、多くの夫婦から質問されることがあります。
住宅ローンの支払いが、婚姻費用にどのような影響を及ぼすのでしょうか?住宅ローンがある場合、婚姻費用は減額されることがあるのでしょうか?逆に、妻が住宅ローンを支払っている場合、これを理由に婚姻費用を増額できるのでしょうか?
この記事では、ケースごとに住宅ローンが婚姻費用に与える影響について詳しく解説します。住宅ローンが婚姻費用にどのような影響を及ぼすのかを理解することで、適切な解決策を見つける手助けとなるでしょう。
目次
「婚姻費用」とは、夫婦と未成熟子(※)が共同生活をおくるために通常必要とされる費用であり、夫婦それぞれが分担することが義務づけられたものです。
婚姻費用には、衣食住の費用、医療費、娯楽費、交際費、子の養育費・教育費などが含まれます。
※未成熟子とは、自己の資産または労力で生活できる能力のない者をいい、必ずしも成年年齢とは一致しません。例えば成年年齢に達していても、大学生は未成熟子として扱われます(大阪高裁平成30年6月21日決定など)。
そもそも、民法は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」(752条)と定め、夫婦が互いに金銭的に助け合う扶助義務を負うとしています。
そして、その具体化として、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」(760条)と定め、夫婦相互が婚姻費用を分担する義務を負っていることを明らかにしています。
これが、婚姻費用を分担する根拠です。
上のように、婚姻費用は夫婦で「分担」するものであり、どちらか一方のみが負担しなくてはならないものではありません。
また、夫婦の婚姻が継続している限り、婚姻費用を分担する義務が課せられており、この義務は、別居しているか同居しているかにかかわりません。
ただ、ほとんどの場合、婚姻費用分担の問題が顕在化するのは、別居したことで、夫婦のどちらかが経済的に困窮した場合です。
そのため一般的には、「婚姻費用は別居したときに、相手に請求できる生活費」と理解されていることが多いです。
便宜上、婚姻費用を請求できる者を「権利者」、婚姻費用の支払義務を負う者を「義務者」と呼ぶことが通常です。
夫婦各自の分担するべき費用は、「資産、収入その他一切の事情を考慮して」(民法760条)、夫婦間の合意または家庭裁判所の審判で決まりますが、分担額が決まった結果、相手方より多くの婚姻費用を負担し、相手方に支払い義務を負う者が「義務者」であり、支払いを請求できる者が「権利者」となります。
また、分担額を決めるにあたっては、「生活保持義務」が理念となります。
「生活保持義務」とは、夫婦(子を含む)は、たとえ自分の生活レベルを切り下げてでも、相手に「自分と同じ程度の生活レベル」を保障しなくてはならない義務です。
同じレベルの生活をさせなくてはならないのですから、多くの場合、収入の多い方が支払義務を負う「義務者」となります。
ただし、別居して、一方が子どもと生活しているときは余計に生活費がかかっており、子どもも含めて同程度の生活が保障される必要がありますから、より収入の少ない方が「義務者」となるケースもあります。
婚姻費用の基礎知識について、さらに詳しくは次の記事をご覧ください。
婚姻費用の金額は、「算定表」の金額を目安として決められます。
【参考】裁判所:「養育費・婚姻費用算定表」
これは、子どもの年齢と人数、義務者と権利者の収入に応じ、統計数値を用いて、義務者が支払うべき婚姻費用額を定めたものです。
また、当サイトでは目安額を簡単に計算できるツールもご用意しておりますので、ぜひご利用ください。
「算定表」の金額はあくまでも目安に過ぎませんから、個別事情に応じて増減されます。
そこで問題は、住宅ローンを返済していることが「算定表」の金額を増額あるいは減額する理由となるかです。
その答えは、ケース・バイ・ケースです。
ケース・バイ・ケースとは、次の①②の条件による計9個のパターン別に考える必要があるからです。
表のA-1などの記載からそれぞれの解説部分に飛ぶことができます。
義務者が居住 | 権利者が居住 | 双方が居住 | |
---|---|---|---|
義務者が支払い | A-1 | A-2 | A-3 |
権利者が支払い | B-1 | B-2 | B-3 |
双方が支払い | C-1 | C-2 | C-3 |
この記事では、A・Bは、支払者名義のローン契約で、その者の所有名義の物件を購入している典型的な場合を想定しています。ただし、Cは夫婦の連帯債務でローンを組み、夫婦共有名義の物件を想定しています。
以下では、前記「算定表」を使うことを前提として、上の9パターンの各場合に、算定表の金額が修正される(増減される)か否かについて、ひとつひとつ解説します(双方が居住の場合は最後に解説します)。
この場合、住宅ローンを理由とした婚姻費用の減額はしません。理由は2つあります。
まず1つ目として、住宅ローンの支払いは、家賃の支払と同じく「義務者が自分の住む場所を確保する住居費」という側面があります。
ところが、そもそも「算定表」のベースとなっている統計上の数値は、当事者の収入から一定割合の住居費を一種の「経費」(特別経費といいます)として差し引いてあります。
したがって、住宅ローンを理由に婚姻費用を減額すると、住居費を二重に差し引いてしまうことになり不公平です。
また、住宅ローンの支払いは、「義務者が自分名義の資産を形成するための支払い」という側面もあります。
仮に、住宅ローンを理由に婚姻費用を減額すると、配偶者や子供への「生活保持義務」を犠牲にして資産を形成することを認めることになってしまい不合理です。
あくまで「生活保持義務」は資産形成に優先するのです。
この場合、住宅ローンを理由として婚姻費用の減額を検討する余地があります。
そもそも義務者が支払う算定表の金額には、権利者の住居費分も含まれています。
加えて、この場合、義務者は権利者が住んでいる住宅のためのローンまで負担しています。
したがって、婚姻費用の減額を認めないと、義務者は、権利者のための住居の費用を二重払いすることになってしまうからです。
では、減額を認めるとして、どの程度の金額を減額するべきなのでしょうか?
これについては、ローン全額を婚姻費用から控除する考え方もありますが、そもそも低額な「算定表」の婚姻費用から住宅ローン支払額全額を控除すると、実際に支払う金額がほとんどなくなってしまう懸念があるからです。
そこで、実務では、ローン支払額の全部を差し引くのではではなく、差し引くのは一部だけにとどめるべきとされています。
その一部の算定方法としては、以下に紹介するように、権利者の収入に対応する統計上の標準的な住居費を参照する例や、諸事情を考慮して裁判官の裁量で判断した例があります。
義務者がローンを負担し、権利者が居住している事案です。
算定表による婚姻費用は月額30~32万円でしたが、義務者は、そこから住宅ローンの全額を差し引くべきだと主張しました。
裁判所は、もともと算定表の金額には住居費が含まれているので、二重払いを避けて公平を図るために減額するべきことを認めました。
ただし、減額する金額は、住宅ローンの全額ではなく、「権利者の総収人に対応する標準的な住居関係費」にとどめるべきであり、この事例では標準的な住居関係費は月額3万円弱であるから、30万円から3万円を差し引いた27万円を婚姻費用としました。
同様の考え方で、算定表の金額から、権利者の総収人に応じた標準的な住居関係費である2万7940円を差し引いた裁判例もあります(東京家裁平成27年6月17日審判・判例タイムズ1424号346頁)。
同様に、義務者がローン負担、権利者が居住の事案です。
裁判所は、権利者は自らの住居関係費の負担を免れる一方、義務者は自らの住居関係費とともに権利者世帯の住居関係費を二重に支払っていることになるから、婚姻費用の算定に当たって住宅ローンを考慮する必要があるとしました。
しかし、住宅ローンの支払は資産形成の側面を有しているから、義務者の住宅ローンの支払額全額を婚姻費用の分担額から控除するのは、生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果となるから相当でないとして、差し引くのはローンの全額ではないとしました。
その上で、双方の収入、ローン支払額、義務者の現住居の家賃、双方の収入に対応する家計調査年報の住居関係費など、ー切の事情を考慮し、裁判所の裁量で差し引く金額を決めました。
なお、裁判例の傾向としては、算定表の金額から減額する場合、減額幅は口一ン月額の50%以内のものがほとんどであると報告されています(判例タイムズ1209号10頁)。
この場合は婚姻費用の増額を検討する必要があります。
もともと算定表の婚姻費用は、義務者の収入から義務者自身の統計上の住居費用を経費として差し引いて算定されています。
ところが、この場合、義務者は無料で住居を使用しているので、婚姻費用を増額しないと、義務者が二重に利得することになってしまいます。
ただし、権利者の支払う住宅ローンは権利者の資産形成の側面がありますから、ローン全額を義務者に押しつけることはできません。
そこで、義務者は、その収入に応じた標準的な住居費相当額は自分で負担するべきですから、この金額を婚姻費用に加算することを基本として増額を検討するべきです。
この場合、婚姻費用は増額されないことが原則です。
権利者の支払う住宅ローンは、権利者の住む場所を確保する住居費ですし、権利者の資産形成でもあるからです。
夫が長男と次男を連れて家を出てしまい、妻と三男が自宅に残り、妻が自宅のローンを毎月7万6000円支払っているという事案です。
妻は、婚姻費用の算定上、住宅ローンの負担を考慮するべきだと主張しましたが、裁判所は、これを考慮することは、夫・長男・次男の生活保持のための費用を犠牲にして、妻が資産形成をすることを認めることになるとして、妻の主張を退けました。
前述のとおり、ローン対象物件に義務者が居住している場合、ローン支払いが義務者であれば減額されず(A-1)、ローン支払いが権利者であれば増額が検討されました(B-1)。
したがって、双方が住宅ローンを分担する場合は、それぞれの分担額を考慮して増減の是非とその額を検討するべきです。
具体的には、権利者のローン支払額が多いほど婚姻費用を増額する方向に傾きます。
逆に、ローン対象物件に権利者が居住している場合、ローン支払いが義務者であれば減額を検討するべきで(A-2)、ローン支払いが権利者であれば増額されませんでした(B-2)。
したがって、やはり双方が住宅ローンを分担する場合は、それぞれの分担額を考慮して増減の是非とその額を検討するべきです。具体的には、義務者のローン支払額が多いほど婚姻費用を減額する方向に傾きます。
前出のとおり、婚姻費用は夫婦の同居・別居を問わず、二人で「分担」するものですから、同居している場合でも、義務者が生活費を入れてくれなければ、権利者は婚姻費用を請求できます。
義務者がローンを支払っている場合(A-3)、それは義務者と権利者の双方の住居を確保する費用です。
ところが、算定表の婚姻費用は権利者の住居費を含むものですから、義務者が「ローン支払」に加えて算定表の金額も支払うことになると、同居する権利者の住居費を二重払いしている部分があることになります。
したがって、算定表の金額を減額することが検討されて良いでしょう。
逆に権利者がローンを支払っている場合(B-3)は、算定表の金額を増額することが検討されるべきです。
何故なら算定表の金額は、義務者の収入から、その住居費用として統計上の金額を差し引いたうえで、算定されているので、算定表の数字そのままでは、義務者が利得してしまうからです。
双方がローンを負担している場合(C-3)は、その負担額に応じて、義務者が多ければ減額を検討し、権利者が多ければ増額を検討するべきでしょう。
この場合、ローンの支払いは、住居の費用ではなく、単なる資産形成としての側面しかありません。
いわば預金と同じですから、婚姻費用の算定には無関係で、その処理は離婚時の財産分与で行われるべきものです。
以上の結論を表にまとめておきます。
義務者が居住 | 権利者が居住 | 双方が居住 | |
---|---|---|---|
義務者が支払い | A-1 減額なし |
A-2 減額を検討 |
A-3 減額を検討 |
権利者が支払い | B-1 増額を検討 |
B-2 増額なし |
B-3 増額なし |
双方が支払い | C-1 分担額に応じる 義務者が多く負担:減額なし 権利者が多く負担:増額を検討 |
C-2 分担額に応じる 義務者が多く負担:減額を検討 権利者が多く負担:増額なし |
C-3 分担額に応じる 義務者が多く負担:減額を検討 権利者が多く負担:増額を検討 |
婚姻費用は「算定表」を使って求めるのが実務ですが、これはあくまで「目安」に過ぎません。具体的な金額は、ご夫婦の個別事情に左右されます。
婚姻費用の分担で、住宅ローンの扱いにお悩みの場合は、ぜひ一度弁護士に相談されることをおすすめします。